「針切」とは
「針切」は、名前の通り「針のように細く鋭い線」を特徴とする平安時代の古筆の一つで、『源重之の子の僧の集』と『相模集』の二つの家集を書写した冊子本の断簡が確認されています。伝藤原行成筆と言われていますが、「こなたはしげゆきがそうのしふなり 仁与」と書かれていることから、実際には十一世紀末から十二世紀初め頃、「仁与」なる人物によって書かれたものと考えられています。

臨書 ―線の細さと強さ―
臨書にこの「針切」を選んだ理由は、字母がある程度限定的でわかりやすく、字形はほっそりと美しく、連綿も自然に思えたため、どちらかと言えば特徴がつかみやすく書きやすい方なのではないか、そしてなによりこんな繊細な線や文字が会得できたら素晴らしいことなのではないか、と思ったからでした。
しかし、実際に臨書を始めてみると、まず線の細さを維持できず、太くなったり、震えたり、抜けてしまったり、ある程度安定するまでにかなり時間がかかりました。ひとまず安定しても、今度は強さや鋭さのある線、リズムやスピードを感じさせるようなキレのある線にはほど遠く、濃淡も余白も同じようにはいきません。
さらに、「針切」は右に自然に流れていることも特徴の一つだと思いますが、その特徴を頭では理解しつつもなかなかイメージ通りに書けず、どれだけ書いても、ぎこちなく平板で奥行きが出ないことに最後まで苦心しました(今でも苦心しております)。

倣書 ―「針切」らしさを目指して―
昨年、弘琴先生より「春光会展に針切の倣書を書いてみてはどうか」とのお話をいただいた時、素直に「やってみたい、」「自分の中に針切がどれくらい入っているか試してみたい」と思いました。そして倣書をするなら、よく知られている春の歌を書きたいと考えて、『古今集』の歌を選びました。
倣書にあたっては、字形や線とともに構成も「針切」らしさを出すことを目指しました。詞書を含めた計四首をやや詰め気味の各二行書きにしました。ただし、自然に右に流れるようなリズムとスピード感、線の強さや潤渇による奥行きなどは、まだまだ今後の課題だと感じています。
今回の春光会展の出品に際しては弘琴先生をはじめ多くの方にご教示いただき、自分には見えていなかったご指摘も数多くいただきました。未熟な出来ではありますが、今回の臨書と倣書を通して、本当に多くの学びと喜びをいただいたことを心より感謝しております。これからも古筆の臨書や倣書に励み、遅々とした歩みではありますが、自身の文字を鍛えていきたいと思います。
